FC2ブログ
本末転倒にならなければいい
レッドリボンキャンペーン、スルーしようかと思っていたけれど、だんだん気持ちが悪くなってきた。
自分、キャンペーンに行きたいのか、HYDEさんに会いたいだけなのか。

私がHIVやAIDSを本当に身近に感じたのは、大好きなQUEENのヴォーカリスト、フレディが、1991年にAIDSで亡くなった時。
彼にはその前から(80年代半ば)AIDSなんじゃないかという噂があった。

今ではHIVの特性や感染経路などの知識もある程度理解されているけれども、70年代後半にアフリカで発生したHIVが、80年代初めにパスツール研究所で発見され瞬く間にその猛威を広げて行った当時では、今のようにネットなどが普及されていたなかったせいもあって、かなり憶測と噂でHIV感染者やAIDS患者に対して偏見があった。

特に発展途上国よりも、ヨーロッパやアメリカなどで男女間との性交より男性間同士での性交をする人たちの間での発生が多かった。
自分たちに接触する機会を増やすことが、自分たちの繁殖を促すことになることを奴らHIVは知っていたのだ。
妊娠する心配のない性交でコンドームの必要性が薄く、対象者が少ないことから不特定多数と関係を持つ機会が却って多く、皮膚でなく直接粘膜に接触(口内よりも直腸内のほうが感染しやすい)する
性的行動を持つ一定の層を足がかかりに、HIVは勢力を強めていったというわけだ。

フレディが亡くなって私はとっても悔しくて悲しかった。
特に悔しかったのは、フレディが亡くなったというその事実もそうだけれど、それによって周囲の人に、「ホモだからね」とか「やっぱりゲイだったんだ」と、面白可笑しく同性愛者やAIDSで亡くなったフレディに対して言われたから。
そして、ゲイであったからAIDSになったかのような言い方や、それであるからAIDS患者までもが背徳者(当時はまだそういう風潮が今よりも高かった)のような言われ方をされたこと。
それから一番悔しかったのが、当の私自身が、HIVやAIDSに疎く、唾を吐かれただけでも感染するという程度の間違った知識しか持ち合わせておらず、全く反論ができなかったこと。

「僕の周りの人々のプライバシー保護のため公表しないのが妥当だと思っていた。だが、世界中の友人やファンが真実を知るときがやってきた。すべての人々が、僕の医師やこの恐ろしい病気と闘っている世界中の人々に理解を示してほしい」

91年11月23日、AIDSの発病を公表。その翌日、フレディは息を引き取った。
享年45歳。早すぎるだろ。
遺言でQUEENの最高傑作「ボヘミアン・ラプソディー」の印税は、英HIV基金に寄付される。

現在は、ワクチンや退治薬は未開発ながらも、症状を抑えるための投薬や生活改善で多くの人がすぐに死に至るまでにはならなくなった。
しかし、それが却ってHIV・AIDSの存在を薄くする起因ともなっている。

フレディが亡くなった当時は、まだ有効な治療法もなく、その予防法よりもHIV・AIDSへの恐怖と偏見だけが先走っていた。
だがフレディの死後、彼のメッセージによりファンや他のアーティストを通じて、その理解を即す輪が広がっていったと思う。

92年にリバイバルされたCD「ボヘミアン・ラプソディ」
多くの国でヒット・チャート1位を再び獲得し、HIV基金として100万ポンドの収益金を得ている。
私も買った。

なので、レッドリボンに対してはちょっとそういう思い入れがあったんだけれど、
キャンペーンにHYDEさんという名前を見て「よこしまな気持ち」が湧いた自分に落ち込んだ。
「よこしまな気持ち」というの、どこかのブログさんの表現(どなたのだったか思い出せませんが)なんだけれど、その方も同じ気持ちなのではないだろうか。

また、キャンペーンの申し込みサイトのURLを教えてくれた方も、「HYDEさんが出演するから応募するというのもどうかと思うのだけれど」という前置きがあった。
当たったらHIV・AIDSに関して考えるいい機会だから子どもさんと行く予定だとおっしゃっていた。

うん、そういう前向きな考え方の方が、キャンペーンでHYDEさんが関わることについて意義があるよね。
まぁ、500の枠で当たるわけはないので、私の杞憂など取り越し苦労なのだけれど(笑)

歌ってくれるのならQUEENの曲なんか歌ってほしいと思ったりして。

余談だが、先ほどの「ボヘミアン・ラプソディ」のカップリングは『輝ける日々』 
~ These are the days of our lives ~ だ。
このPVがフレディの最後の出演作品となってしまった。
歌の最後に「I still love you」と、恥ずかしそうに囁く。

あのころ僕たちは生き生きしていたね
人生に悪いことなんてほとんどなかった
あの日々はもう遠い昔になってしまったけれど
ひとつだけ今も確かなことがある
君を見るたびに思い知らされる
今もきみを愛しているということ


『輝ける日々』の最後の数行。
この歌は、フレディの最期を看取った彼の最愛ジムに宛てたメッセージだったのではないかと言われている。
それを知ったとき、歌うことと異性・同性を越えて人を愛するということに人生を全うしたフレディのことが、限りなく愛しくなったのだった。
関連記事
スポンサーサイト



【2008/11/06 00:04 】 | 日々 | コメント(3) | トラックバック(0) |
<<Ju-kenさん仮装の正体発見!! | ホーム | K.A.Zさんの変身途中>>
コメント

あの頃「エイズはホモの病気」公然と言われてたね
(そうなんだ)と知識なく思っていた自分の馬鹿さ加減、後で事実を知ったとき呆れました
フレディが亡くなって、それがきっかけで本を読んだり調べたりしました

QUEEN最後のアルバム、イニュエンドウのラストに収録された
The Show Must Go On

フレディの死が伝えられたその日のラジオで
フレディが渾身の力を込めて貼り叫ぶように歌い上げるこの曲を流したDJが
「彼は死を覚悟してこの曲を歌っていたんですね…」と涙声で語るのを聞きながら
大泣きしたのを覚えています
【2008/11/06 13:20】| URL | 松井 #NL852uQM[ 編集] |
松井さん
そうだったねー。
私はその日お茶事で忙しくて、全くフレディの訃報を知らなかったの。
その日に知っていたら、鼻水と一緒の茶碗で茶筅を振るっていたと思う。

The Show Must Go On

これを歌わせたメンバーの、そして歌ったフレディの気持ちを思うと、
本当に涙なしでは聞けないよね。
【2008/11/06 22:46】| URL | 栄 #-[ 編集] |
I want to break free
その翌年、奇しくもフレディと同じ45才でジョルジュ・ドンもエイズでなくなりました。
ベジャールは二人へのオマージュとしてバレエフォーライフをつくり、それを見たとき・・・スクリーンに映るドンの姿と流れる「I want to break free」に鳥肌がたち涙がとまりませんでした。

私も同じ、バカでした。ベジャールも死んじゃうのかなんてすぐに思ってしまったし。
大事な大事なアーティストが罹った病にもっと知識を深めればよかったのに、もう彼を見ることができなくなってしまった喪失感ばかりに襲われていました。
もう16年も経つのか・・・・・。
【2008/11/07 00:37】| URL | 椿 #JnoDGgPo[ 編集] |
コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
→http://faireal.blog96.fc2.com/tb.php/429-3acdfa0b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |