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野生と冷静のバランス
HYDEさんからほっこりするメッセージが届いていた。
eriさん、光ってるのを教えてくれてありがとう。

血文字にはファンへの感謝の気持ちとともに、
HYDEさんが良しとするLIVE観が語られていた。

野生と冷静のバランスが取れているのが一番

最終日はそのバランスの取れた良いLIVEだったらしい。

私は最終日に行くことができなかった。
だから、その日のLIVEがどうだったはわからない。
けれど、行くことのできた武道館3日目は、Cブロックで、かつセットの意義を理解できる環境にいたことも幸いし、HYDEさんの野生味と冷静さのバランスが取れたいいLIVEだと感じれた。
3日目のレポの始めに、「どう言えばいいのかわからないが、一言で言ったらいいLIVEだった」と綴ったのだけれど、
答えはHYDEさんが教えてくれた。
「野生と冷静のバランス」

LIVEは生だ。
だから尚更、提供する側と享受する側が共感できなければおもしろくない。
提供者側が一人で突っ走って白目ひんむいてイかれても、その感情についていけれなければ引いてしまう。
反対にここはしっとりとまとめたいという場面でギャーギャー騒がれれば、折角の演出も台無しになる。

「野生と冷静のバランス」は受ける側にも必要だということだと思う。

HYDEさんの放出するエネルギーは大変なものだ。
本能に赴く野生さと沸騰した頭をすっと冷まして演出の意図を汲み取る少しばかりの冷静さがあれば、それを上手く受けとめてさらにLIVEを楽しむことができる。
冷静さとは野生さの対極である理性と置き換えることができるかもしれないが、必要な時に冷静さを呼び覚ますのも、これまた本能だろう。

最近LIVE会場でよく見かける周囲の人たちへの配慮を欠く、全く冷静さの欠片もないノリを良しとしている観客がいるけれども、先のHYDEさんの言葉を借りれば、観客としていいLIVEをしたとは言えないと思う。
その点、3日目に私の後ろでモッシュをしていた子たち、追い払いはしたものの、その後体当たりもされず、変な奇声やぎゃんぎゃんとしたかけ声もなく、なんら迷惑も掛けられなかった。
しかし後ろから楽しそうにしている雰囲気は常に感じていられたので、私としてはその雰囲気を感じれたことも楽しさの一因となっていたのだと思う。

何はともあれ、心底楽しめたLIVEを経験できたことはこの上ない幸せであった。



ちょっと話題を変えて。

DSC019832.jpg

昨日行っていた現場。
伝統工法による木組みの家である。
100本以上ある材が継ぎ手を墨つけ(カットする部分に墨で印をつけていく)され、刻まれ、棟梁や職人衆の手で組まれていく。
釘は使わない。
組まれる場所により、棟梁の経験と技術で場所に見合った継ぎ手に材を刻みそれを組めば、釘など一切必要がない。
組み上げていく際、材を木槌で叩き少しずつ継ぎ手を繋いでいくのだが、一ヶ所の叩きに家全体がミシミシと鳴く。
金属で繋がれない木の家は、材と材を継ぎ手で繋ぐことにより、100の材を一本の木にすることができる。
材をひとつにし家をいい具合に鳴かせるには、経験に基づいた職人の技術と技量が不可欠である。

LIVEでも似たようなことは言えるのではと思った。
感情を喚起されるLIVEのバックには、技術と技量のバランスの取れた職人がついている。



そして、DEISTの号外もK.A.Zさんやju-kenさんのブログもハイモバさせもここ数日見ていなかったのだけれど、号外ではFAさんがまたハイド玉を作ってHYヲタを発揮していたり(笑)、カーペットを一人で占拠しているJu-kenさんのでかさを感じたり、メイクされているJINちゃんのHYDEさんを見つめる目が痛かったり。

K.A.Zさんのブログは相変わらずユルユルだったのだけれど、フライングVの水色っぽいほうは武道館で観て、「あんなの持っていたっけ?」と思っていたギターだった。新人のNEW GUITARちゃん(by K.A.Zさん)であったのか。
K.A.Zさんの顔文字って女の子っぽいよね。

Ju-kenさんは打ち上がって酔った勢いで書いたのかと思われるほど「どちら様?」度が出ていて、有松さんが「ひろしちゃん」と呼ばれていることに軽く衝撃を受けた。


次のアルバムではVAMPSメンバーに移動はあるのかな?
それにしても来年の心づもりができる・・・・これもまた幸せなことである。



>お返事
>kazueさん

万歳でした。
打ち合わせは~~~、ご存じの通り残念な結果に。
今度は是非打ち上がりましょう。
よろしくお願いしま~す。






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【2009/09/07 23:59 】 | HYDE | コメント(7) | トラックバック(0) |
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