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週刊文春
設計屋は出張に行くと必ず新幹線の中で『週刊文春』を読みながら帰ってくるんですね。
それで、読み終えたそれを栄仁がまた読むんですが。

今日、設計屋が持ち帰った「ふみはる」を読んでいたら、近●春●さんが掲載中の「考えるヒット」でラルクさんを取り上げていました。

それでhydeさんやラルクのことをべた褒めしていて、なんともファンにとってはむず痒いものになっております。

「マイハー」を聴いてのことのようですが、

『hydeの歌唱が尋常じゃない』だの『普通の人では歌えないところろまで来てしまった』だの。

普通のhydeヲタと何も変わらんことを堂々とゆっとりますね。
hydeさんの歌声を『官能』とまで言ってのけた。

そうなのね。
ファンにとっては、hydeさんの声も詩もそして歌いっぷりも、なにもかもが官能的なんだよね。
つまり、hydeさんの存在そのものがそうと言えるな(痛)

そしてhydeさんの何が官能的なのか。

『歌のすべての瞬間まで華やかさと淋しさ、強さと弱さ等々、相対するものを自在に入れ替えて、シズルやあやをたくみに演出する。するとどのひとこともいやらしく聴こえる』
言い当てている!
流石。

hydeさんの歌詞には正しい言葉の使い方とか文法とかの知識なんかまったく必要ないと感じますね。
言葉の語感やその言葉の持つ艶やかであったり静寂であったりという雰囲気、とっても感覚的なところであーでもない、こーでもないと引っかき回して作られてる。
シズルやあやを演出するというよりも、これはもうhydeさんの本能的なところで成されているものなんだと思います。

んで、その存在自体がイヤらしいからね、彼の場合。
いやらしくなっちゃうんでしょう、何もかも。
そして我々は、直接五感にくる彼のひとことにやられるんです。


近●氏は「凄いとは思うけど、こういうものに惹かれるのは男女問わず“女の部分”なので困る」とも言っておりますが、「こういうもの」ってなんでしょう?

hydeというものが打ち出してくる性的な部分を刺激するものなんでしょうかね?
でも、一般的な女性が惹かれるものとは違うと思うんですが。
むしろ、hydeさんに対しては“男の部分”を刺激されると言ったほうが妥当なんではないだろうか?

あー、だから男女問わず「私hydeさんのファンです」と言いにくいんですかね?
あ、私は全く恥ずかしくないですけど。

『hydeは全てを支配もし、全てをさらけ出してもいるようにうつる。それはまさに“官能”そのものだ』

そんなもんに手を出したら大火傷しますがな。
だからなかなか一般受けしないのか?
みんなその危機感を感じるから手を出さないのかしら?
しかし、一旦官能に目覚めてしまえばもう引き返せないんだよー。
あ、その恐怖を感じるからなのかしらね?

そしてね、ラルクの音についてもすんごいコメントしてます。

『ロックといっても劇場的で、ラルクの音にストリートとのつながりはないだろう。むしろミュージカルやオペラに近い。』

ミュージカルやオペラに近い?
そう言われてもあまりピンと来ませんが、前述の『ロマンティックなフィクションにリアリティを与えるのには、とてもふさわしい音』というのには大きく頷けました。

ただ、完成の域に入って行きつつあるなんて言われてるんですけど、
まだまだ完成の域にいっちゃってもらいたくないです。
完成しちゃったらつまらないですから。
ご本人たちにしたってそうでしょう。

完成よりも常に旬であってもらうことのほうが潤う。
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【2007/09/13 23:41 】 | HYDE | コメント(2) | トラックバック(0) |
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